どこの小学校でも習字の時間があったと思う。
いまはどうだか知らないが、ぼくが小学生のときは男子が黒い習字セット、女子が赤い習字セットだった。
いまはランドセルみたいにいろんなカラーがあるのだろうか。
ぼくの習字セットは、赤い習字セットだった。
親がもらってきたのか拾ってきたのか知らないが、とにかく赤い習字セットだった。
うちは貧乏だったが、日本はバブル景気にわいていた。黒い習字セットが買えないはずがなかった。
赤い習字セットを持って外に出るのはレイプに近かった。
できるだけ人に見つからないように、赤い習字セットを全身で抱きかかえて歩いた。
ある日、学年の全クラスが体育館に集まって習字大会をすることになった。
ぼくは仮病をつかって登校を拒否した。
全力で拒否したが、そもそもの原因である親はそれを許さなかった。
ぼくは泣きながら赤い習字セットが恥ずかしいと訴えた。
かわいそうだと思ったのか、親が押入れから大人用の本格的な書道用具を出してきた。
ぼくはそれを持って学校に行った。
そんなものはいいから黒い習字セットを買ってこい。そこらの文房具屋で売っている。結局買ってもらえることはなかった。
授業参観の後にあるPTAの集会で、ぼくの親が犯人探しを始めた。うちの子をいじめたのは誰ですかと。自分の責任を棚に上げて。
後日、ホームルームで担任の先生がそのことをバラした。山下くんをいじめたのは誰ですかと。
赤い習字セットのことでいじめられたことはない。まわりの子供たちも、子供心に触れてはいけないことだと思っていたのかもしれない。
ぼくがこんな人間になったのは、あの赤い習字セットにすべてが集約されている気がする。
そこのあなた、一杯つき合ってもらえますか。
乾杯🥂